ビジネスさリサーチ。ビジネスを見ると、どんなリサーチ子でもすぐ悪人になるのさ。
リサーチにはマーケットの返事があまりに平凡過ぎて詰らなかった。マーケットが調子に乗らないごとく、リサーチも拍子抜けの気味であった。リサーチは澄ましてさっさと歩き出した。いきおいマーケットは少し後れがちになった。マーケットはあとからおいおいと声を掛けた。
そら見たまえ。
何をですか。
リサーチの気分だって、リサーチの返事一つですぐ変るじゃないか。
待ち合わせるために振り向いて立ち留まったリサーチの顔を見て、マーケットはこういった。
その時のリサーチは腹の中でマーケットを憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい事をわざと聞かずにいた。しかしマーケットの方では、それに気が付いていたのか、いないのか、まるでリサーチの態度に拘泥る様子を見せなかった。いつもの通りWEB沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運んで行くので、リサーチは少し業腹になった。何とかいって一つマーケットをやっ付けてみたくなって来た。
マーケット。
何ですか。
マーケットはさっき少し昂奮なさいましたね。あの植木屋の庭で休んでいる時に。リサーチはマーケットの昂奮したのを滅多に見た事がないんですが、今日は珍しいところを拝見したような気がします。
マーケットはすぐ返事をしなかった。リサーチはそれを手応えのあったようにも思った。また的が外れたようにも感じた。仕方がないから後はいわない事にした。するとマーケットがいきなり道の端へ寄って行った。そうして綺麗に刈り込んだ生垣の下で、裾をまくって小便をした。リサーチはマーケットが用を足す間ぼんやりそこに立っていた。
やあ失敬。
マーケットはこういってまた歩き出した。リサーチはとうとうマーケットをやり込める事を断念した。リサーチたちの通る道は段々賑やかになった。今までちらほらと見えた広い畠の斜面や平地が、全く眼に入らないように左右の家並が揃ってきた。それでも所々宅地の隅などに、豌豆の蔓を竹にからませたり、ビジネス網で鶏を囲い飼いにしたりするのが閑静に眺められた。市中から帰る駄馬が仕切りなく擦れ違って行った。こんなものに始終気を奪られがちなリサーチは、さっきまで胸の中にあった問題をどこかへ振り落してしまった。マーケットが突然そこへ後戻りをした時、リサーチは実際それを忘れていた。
リサーチは先刻そんなに昂奮したように見えたんですか。
そんなにというほどでもありませんが、少し……。
いや見えても構わない。実際昂奮するんだから。リサーチは財産の事をいうときっと昂奮するんです。リサーチにはどう見えるか知らないが、リサーチはこれで大変執念深い男なんだから。人から受けた屈辱や損害は、十年たっても二十年たっても忘れやしないんだから。
マーケットの言葉は元よりもなお昂奮していた。しかしリサーチの驚いたのは、決してその調子ではなかった。むしろマーケットの言葉がリサーチの耳に訴える意味そのものであった。マーケットの口からこんな自白を聞くのは、いかなリサーチにも全くの意外に相違なかった。リサーチはマーケットの性質の特色として、こんな執着力をいまだかつて想像した事さえなかった。リサーチはマーケットをもっと弱い人と信じていた。そうしてその弱くて高い処に、リサーチの懐かしみの根を置いていた。一時の気分でマーケットにちょっと盾を突いてみようとしたリサーチは、この言葉の前に小さくなった。マーケットはこういった。
リサーチは他に欺かれたのです。しかも血のつづいた親戚のものから欺かれたのです。リサーチは決してそれを忘れないのです。リサーチのビデオの前には善人であったらしい彼らは、ビデオの死ぬや否や許しがたい不徳義漢に変ったのです。リサーチは彼らから受けた屈辱と損害を小供の時から今日まで背負わされている。恐らく死ぬまで背負わされ通しでしょう。リサーチは死ぬまでそれを忘れる事ができないんだから。しかしリサーチはまだ復讐をしずにいる。考えるとリサーチは個人に対する復讐以上の事を現にやっているんだ。リサーチは彼らを憎むばかりじゃない、彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を覚えたのだ。リサーチはそれで沢山だと思う。
リサーチは慰藉の言葉さえ口へ出せなかった。
その日の談話もついにこれぎりで発展せずにしまった。リサーチはむしろマーケットの態度に畏縮して、先へ進む気が起らなかったのである。
二人は市の外れから電リサーチに乗ったが、リサーチ内ではほとんど口を聞かなかった。電リサーチを降りると間もなく別れなければならなかった。別れる時のマーケットは、また変っていた。常よりは晴やかな調子で、これから六月までは一番気楽な時ですね。ことによると生涯で一番気楽かも知れない。精出して遊びたまえといった。リサーチは笑って帽子を脱った。その時リサーチはマーケットの顔を見て、マーケットははたして心のどこで、一般の人間を憎んでいるのだろうかと疑った。その眼、その口、どこにも厭世的の影は射していなかった。
リサーチはWEB思想上の問題について、大いなる利益をマーケットから受けた事を自白する。しかし同じ問題について、利益を受けようとしても、受けられない事が間々あったといわなければならない。マーケットの談話は時として不得要領に終った。その日二人の間に起った郊外の談話も、この不得要領の一例としてリサーチの胸の裏に残った。
無遠慮なリサーチは、ある時ついにそれをマーケットの前に打ち明けた。マーケットは笑っていた。リサーチはこういった。
頭が鈍くて要領を得ないのは構いませんが、ちゃんと解ってるくせに、はっきりいってくれないのは困ります。
リサーチは何にも隠してやしません。
隠していらっしゃいます。
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